ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代 (下)

                                       小宮豊隆訳 岩波文庫

*日本語変換の便宜上旧字体・旧仮名遣いは現代表記に改めています。漢字の適用も一部変更しています。

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p008
   残念なことにあの連中と一緒に暮らしていた時分のことを思い返してみると、無限の空虚を覗き込むような気がするからです、あとにはなんにも残っていない」
 「それは違います、我々が遭遇する一切のものは必ず痕跡を残して、知らず知らずのうちに我々の錬磨の役に立つのです。ただそれを一々勘定してみようとすることは危険です。そんなことをすると我々は自惚れて自堕落になるか、意気阻喪して臆病になってしまう、どっちみち後の妨げになります。いつでも一番安全なことは我々の前にある一番手近なことだけをすることです

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p024
   我々の犠牲が活きて働くことは殆どない、我々は我々の払い出したものをすぐ断念してしまう。決心の結果ではなく、寧ろ絶望して我々は我々の所有しているものを捨てるのだ。

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p027
   然し時分でその中に入った者でなければ、到底それを想像することはできないのです。これらの人達がどんなに自分自身に就いて全然無知であるか、自分達の仕事をどんなに無反省で手がけているか、そのくせ彼らの要求はどんなに無際限なものであるか、そういうことに就いての概念は誰も持ってはいないのです。誰も彼も第一流になりたがるばかりではなく、第一人者になりたがる、誰も彼も進んで外の全ての者を排斥したがる、そういう人達と一緒になってさえ碌な事はしでかせないのだということに気がつかないのです。誰も彼も自分を素晴らしくオリジナルだと思っている癖に、古くさい型以外のことではどうしたらいいか方がつかないのです。それでいて、いつもいつも何か新しいものを求めていらいらしている。どんな素ざまじさで彼らはお互いに摩擦しあうことでしょう!然も極めてけちな我愛と極めて偏狭な我欲とが彼らを互いに繋ぎ合わせる。互いに助け合おうとする振舞いなどはてんで問題にならない。陰険な企みと毒々しい悪口とで永久の不信が育て上げられる。不身持ちな生活をしていない者は阿呆な生活をしている。誰も彼も無上の尊敬を要求する、誰も彼もほんの僅かな批判にもカッとなる。そんなことは言われなくったってとうも百も承知なことだ!そんなら、なぜいつまでもその反対のことをやっているのか!いつまでもさもしく、いつまでも自身がなく、彼らは理性と良趣味とほど怖ろしいものはないと思っているように見える、そうして自分一人の気儘勝手を無上のものとして崇(あが)めさせる権利だけを一所懸命に護り立てて行こうとしているのです。

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p028
   自惚れと他人に気に入りたいという欲望から出て来る役者のあらゆる欠点を僕は大目に見る、というのは役者が自分自身と他人とにサムシングとして見えない限り、役者はナッシングに過ぎないからだ。役者は見える為に生まれて来ている、役者は瞬間の喝采を高く評価しなくてはならない、というのはそれ以外に役者の受け取る報酬はないからだ。役者は光ろうと努めなくてはならない、その為にこそ役者は存在しているのだから。

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p035
   一旦、我々が、良いこと、必要なことの為に人を騙し出すと、それがどこまで昴じて行くか分からない

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p037
   彼は今自分に与えられた依託を明白な神意の業であると考えた、そうして自分が憫れな娘を欺いて彼女の最も誠実な、又最も猛烈な愛の対象から引き放そうとしているのだという考えは、彼にはほんの通りすがりの、例えば日の射している地面を鳥の陰が掠めて行くようなものに見えた。

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p040
   やむを得なければ、自分一人で何もかもする気でいます、結局はその気になりさえすれば、きっとどうにかなるものです。召使いを相手にするほど面倒なことはありません。誰も人には仕えたがらないのですから、自分自身にさえ

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p042
   「自分自身の確信を他人の口から聴くということは」と彼女は声を張った、「まったく嬉しいことです!他人が私たちの考えに全然同意してくれる時に、私たちは初めて私たち自身になれるのです

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p051
   父は平然と私の言うことを聴いていました。「いい子だ!」と彼は最後に微笑しながら言いました、「私は何もかも知っている。落ち着いてじっと我慢しなさい、私が我慢しているのはお前の為だけなんだから

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p056
   然し口では言えないくらい満足を感じたことは、私がある晩、彼から婦人論を聴いたことでした。話は極めて自然にそこへ落ちて行きました。この界隈の二三の婦人が私たちを訪問して、婦人の教養ということに就いていつもの会話が始まりました。一体我々女性にとって片手落ちだと思われることは、というような話が出ました、男たちは一切のより高い文化を独占しようとする、我々には如何なる学問もさせまいとする、我々が唯の玩具の人形かもしくは家政婦であることを要求している。そういう一切のことに対してロターリオは別に口を出しませんでした。然し人が減ってから彼もこの点に関する自分の意見を包まず述べました。「不思議なことは」と彼は声を張りました、「男は女をそれが占めうる最高の地位に置こうとしているのに、女がそれを不都合だなどと言うことです−−−一体家庭の支配より高いものがあるでしょうか?男は外部的な関係で苦労する、自分の所有を掻き寄せたり保護したりしなくてはならない、殊に国家の行政に参加しでもするような場合には到るところで環境に束縛される、そうして私に言わせれば、自分では支配しているつもりでいても、なんにも支配していず、自分では理性的でありたいと思っているのにいつでも政治的にしかなれず、開けっ放しでありたいと思っているのに陰険で、正直でありたいと思っているのに嘘つきにしかなれない。自分が決して到達することのない目的の為に最も貴重な目的を、自分自身との調和を刻々に犠牲にしなければならないのです−−−然るに理性的な主婦は内部で実際に支配する、全家族の者にあらゆる活動とあらゆる満足とを可能にする。我々が正しいと信じ、善いと信じることを実行する以外、また我々が我々の目的と到達する手段に対して事実上の支配権を持っているということ以外、どんな人間の最高の幸福があるでしょうか?然も家庭の内部以外、どこに我々の最も手近な目的を置くべきでしょうか、また置くことができるでしょうか?絶えず繰り返される、欠くことのできない必要の一切を我々は、我々が起きたり寝たりするところ、或いは台所、或いは穴蔵、或いはあらゆる種類の貯えが我々及び我々の家族の為にいつでも用意されているところ以外の、どこで期待しどこで要求すべきでしょうか?この絶えず繰り返される秩序を揺らぐことのできない活き活きした連続で遂行するには、どんな規則正しい活動を必要とすることでしょう!言わば星宿のように規則正しく繰り返し、昼と夜とを監督し、自分の家庭用具をつくりあげ、植え付け刈り入れ、貯蔵し分配し、絶えず落ち着きと愛と合目的とをもって自分の圏を廻って行くということは、殆ど男たちにはできないことではないでしょうか!一旦女がこの内部の支配権を握ると、その時初めて彼女はそのことによって自分の愛する男を主人にすることができるのです。彼女の注意は全ての知識を獲得する、そうして彼女の活動はそれら全ての知識を利用することを知っている。こうして彼女はなんぴとにも隷属しない、そうして自分の夫に真の独立を、家庭内の、内面の独立を作ってやるのです。夫には、自分の所有しているものは確保され、自分の獲得するものは見事に利用されていることが分かる。こうして夫は自分の心を偉大な対象に向けることができるし、もし運が好ければ、家庭内で妻の演じている役割を国家に対して演じることもできるのです」

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p068
   事実は我々の迷誤に名前を与えるだけにしか妙を得ていない書物

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p069
   たとえ彼が自分の夫だったとしても彼女は、それが自分の家庭の秩序を乱しさえしなかったら、そういう関係に堪えうるだけの勇気を持っていたのに違いなかった、少なくとも彼女はしばしば、家庭をちゃんと統率している主婦は夫の小さな浮気はすべて大目に見て、如何なる場合でも彼の復帰を確信していることができるものだと言っていた。

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p077
   美しい恋物語のしみじみした打ち明けは丁度怪談と同じ経過を示すことを常とする−−−先ず誰かが口を切りさえすれば、あとはひとりでに流れ寄って来るのである。

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p078
   人はいつまでも青年ではない、また人はいつまでも子供でいてはならない。

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p079
   ああ、あの女は愛している時でも愛らしくない女だった、そうしてこれこそ一人の女に起こり得る最大の不幸だったのだ

   あの人の灰は穏やかに憩わせて置きましょう

   私たちは自分の非難もせずあの人の悪口も言わず、心を籠めてあの人の墓に花を撒くことにしようではありませんか。

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p081
   君は一刻も早く芝居を断念するが可い、君は芝居には少しも才能を持っちゃいないんだから

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p083
☆☆☆子供を一人抱いている母親を見る時ほどあてやかなものはない

☆☆☆大勢の子供の中にいる母親ほど貴いものはない

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p089
   世の中で自分はどんなに不要な人間であるかということには、そう早くはなかなか気がつかないものです。どんなに重要な人物だと私たちは自分のことを考えているでしょう!

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p096
   一つの罪が別の罪で帳消しになるものと思っているのか

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p106
   見物は多い、真の悟性と真の感情とは、皆が思っているほど稀なものでもないのです。ただ必要なことは、芸術家が自分の作り出すものに対して、無条件の喝采を求めないということです

   人生においても芸術においても、何事かをし、何事かを作り出そうとする場合は、自分に相談すべきです。然し一旦それがなされ若しくは作り上げられた以上は、人は注意してできるだけ多くの人の言うことを聴くがいいのです。

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p116
   ほんの僅かな約束でも人間には守れない、ましてその決心が重大であった場合は尚更のことです。

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p117
   それが実現されそれが充たされると、元とはまるで似た影もないもののように見えるので、私たちはなんにもせず、なんにも手に入れなかったように思うのです

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p118
   彼は自分の外面的な事情を全然閑却することは、自分の内面の錬磨を極めて重要視するあらゆる人間のやり方であるということを知らなかった。

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p119
   ヴィルヘルムは自分のアドベンチャーと自分の曖昧な親子関係とを友達に落ち着いて話す余裕が殆どなかった、然もその友達は自分にとってはひどく重大なこの事件を冷淡に且つ軽く取り扱った。

   或る程度まで自分の教養ができたら、より大きな団体の中に没入して、他人の為に生き、義務に叶った活動の裡に自分を忘れることを学ぶのが得策だ

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p123
   信頼のできる人間に近づきたまえ

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p124
   君は君の犯した馬鹿のどれをも悔い、どれをも取り返したがる必要はない、君以上の幸福な運命は、一人の人間には与えられていないのだ

   険しい場所へは回り道をしなければ攀じ上がれない

   芸術は長く、人生は短く、判断は難く、機会は去り易い。行動は軽く、思考は重い。思考に従って行動するは窮屈である

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p125
   小児は瞠目する、印象が彼を規定する、厳粛は彼を動転させる

☆☆☆稀にしか卓越は発見されない、それが尊重されるのは更に稀である

   絶頂を目に置いて、好んで平地をうろつくのが、我々である

   芸術はほんの一部しか教えられない、芸術家が必要とするはその全部である

   芸術を半分しか知らない者は、いつでも迷っていておしゃべりばかりする。(それに対して)芸術を完全に所有する者は、行動していればいい、たまにしか若しくは遅れて物を言う。(→おしゃべりなんかにかまけていないで行動あるのみだ、しゃべるにしても、たまに若しくは慌ててしゃべらずに最後に物を言えばよい:という意味だと思う)。前者は秘密を持っていないし力量を持っていない、その説くところは焼いたパンのように一日の味と一日の満腹とをもたらすに過ぎない。然もパン粉は播くわけに行かない、種麦は挽くわけに行かない。

   言葉は結構なものである、しかし最上のものではない。最上のものは言葉によっては明らかにされない。最高のものは我々の行動の根底となる精神である。行動は精神によってのみ理解され且つ再び表現される。正しく行動する時、誰も自分のしていることを知らない、ただ我々の常に意識するのは、不正である。

   符徴(隠語、仲間だけに通用する言葉、合い言葉)だけで働く者は、衒学者、偽善者、三文文士の類である。世間にはこの類が多い、又この類は塊まっていて安心する。

☆☆☆真正の弟子は既知から未知を展開させることを学んで師に近づく

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p131
   子供の好奇心と知識欲とが初めて彼に、自分は自分以外の事物に対してどんなに希薄な興味しか持っていなかったか、自分はどんなに僅かしか物を知っていなかったかを感じさせた

☆  かれは教えることを要求されて自分が学ぶことの必要を感じた

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p134
   僕は芝居に入っていたので、あらゆる悪評と和解ができるようになっている。

   一体君、ばらばらで且つ断れ断れにしか知られることのない、のみならず善も悪も陰で行われて、外に現れるものは大抵はどうでもいいことばかりなんだから、他人には殆ど知られることのない我々の行動を、他人がどうして批判できるのか

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p135
   決して金に不自由しないから。一日の半分はお化粧にかかる、あとの半分はそのお化粧を見せるのにかかる。

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p136
   彼が着手しようとするすべてのものは子供を相手に成長すべきだった、そうして彼が手を入れるすべてのものは数世代に亙る持続性を持つべきであった。この意味で彼の徒弟時代は終わったのである

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p137
   そんなことをしなくっても、自然が気持ちよく我々を我々のあるべきすべてのものに作り上げてくれる。ああ、市民社会はいろんな奇妙な要求を課して先ず我々を困惑させ我々を邪道に陥れ、そうして置いて自然自身よりももっと多くのことを我々からはたり取ろうとする!真正の教養を得る最も有効な手段を破壊して、その途上それ自身で我々を幸福にしてくれるかわり、我々に目的地だけを指し示すような教養のあらゆる種類に殃あれ!

   劇場は彼にとって丁度世界と同じように、ばら撒かれたサイコロの一塊に過ぎないように見えた、それはどのサイコロも上に出た面で或いは少ない或いは多い数を示しており、それを寄せ集めるとともかくも一定の額にはなるのである。ところが子供の場合では、言ってみれば彼にはただ一つのサイコロが目の前に横たわっている、そのいくつもの面には人間の本性の価値と無価値とが実にはっきり彫り込まれているのである。

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p138
   子供は父は必ず一切のことを知っているのだと信じ切り、しばしば問いをもって父を苦しめた、そうして父に自分がこれまですこしも注意していなかった事物の名前を知る機会を与えた

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p139
   「一体我々男というものは」と彼は自分に言った、「自分以外の人間に対して心遣いをしてやることが不可能なほど、利己的に生まれついているのだろうか?

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p140
   今はもう自分の年月だの他人の年月だのを浪費している時ではない

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p146
   食卓に就いて先ず自分の子供たちに食べ物を宛てがう者のみが善良な父であると同じように、何を措いても先ず自分が国家に支払わなければならない支出を片づけてかかる者が善良な市民である

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p151
   「なんという妄想、なんという出来心にお前は支配されているのだ!」

   どこか似ているというだけで、お前は急に間違いのないもののように思い込み、奇怪極まるお伽噺を組み立てる種にしている

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p156
   *天使の衣装を着たミーニョンの歌

「「それとなるまで装はせたまえ
  この白き衣はがせたまひそ!
  うつくしきこの世を去りて
  かの奥津城へ急ぐ身なるを。

「「しばしがほどそこに憩はば、
  鮮やかに我が眼は明かむ、
  その時こそこの清き衣も
  帯も冠も返しまつらむ。

「「み空なる清き姿に
  男女の別れはあらじ、
  衣一つ襞一つだに
  神さぶる身を覆ふことなし。

「「憂きも辛きも知らで過ぎしに、
  わが胸のみぞいたく痛める。
  悩みつつ早くも老いぬ。
  ああ、永久の若さを授けたまへ!」

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p161
   ここに一つの美しい本性が自分をあまりにも濃やかに又あまりにも良心的に作り上げる、或意味から言うと自分を作り上げすぎるくらいに作り上げる、そういう本性にとってこの世界には何の寛容も何の宥恕(ゆうじょ=寛大な心で相手を許すこと)も存在しないように思われて来るのです。然しこういう種類の人間こそ我々の外にあって丁度我々の内に於ける理想のように、我々が模倣する為ではなく努力して追いつく為の、模範となるのです。

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p164
   人間にとって最初のものであり最後のものであるものは活動である

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p165
   自分にとって遙かに好ましいのは、他人の道を間違いなく歩いている大勢の人間よりも、自分自身の道で迷っている子供もしくは青年である

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p183
   「人間をそのあるがままだけのものとして取り扱う時は、我々は人間をより悪くする、人間をそのあるべき姿のものとして取り扱う時は、我々は連れていくべきところへ、人間を連れて行くことができる」

   「テレーゼは弟子を鍛える、ナターリエは弟子を育てる」

☆☆☆あの人は、あの人の中からでなければ出て来ようのないものを他人から与えてもらえるのだと思っています

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p190
   私に分かっていることは、慌てて取り返しのつかないことをしてしまってはいけないということです。出鱈目に対しても巧らまれた計画に対しても、辛抱と智慧とが私たちを助けてくれます。そのことが本当であるか作り事であるかは、少し経てば必ずはっきりします。

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p193
   「あなたは人を愛したことはおありにならないのですか?」とヴィルヘルムは声を張った。
   「一度も、でなければ、いつでも!」とナターリエは返した。

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p194
   「若い時分から自分を矯めて広いもの普遍なものへと私の悟性を開発して行くことに努めていなかったら、私はきっと極めて狭量な又極めて我慢のできない人間になっていたに違いない−−−というのは純粋な適切な活動が要求されていい筈の人間にくっついている、周囲から裁り放された特性ほど、我慢のならないものはないからだ」

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p197
   遊技をして四肢を使い馴らすだけの子供時代の最初の朗らかな衝動から、賢者の落ち着いた世俗を離れた厳粛に至るまで、それを使いそれを利用するのでなければ、人間は如何なる天賦の傾好も才能も持っていないに等しい

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p206
   「ただ私が一番心配するのは、みんなが、私の生得の、又修行して出来上がった辛抱強さを、今度は極端に刺激することを楽しみにしているという点です」

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p210
   衷(うち)に多くの展開され得るものを持つ人間は、自己及び世界に対する眼を開かれることが遅れる、感覚を持つと同時に、行動のできる者は少ない。感覚は広くはするが鈍麻させる、行動は生気を吹き込むが局限する」

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p211
   「慎むべきは」とヤルノーは、巻物を覗き込みながら言った、「鍛錬して完全の域に達する見込みのない才能である。人はここで自分が希望した程度に進歩することはできるかも知れない、然し一旦その道に師たるべき者の仕事がはっきりして来ると、人は必ずこのような非芸術に費やした時間と精力との浪費を苦痛に感じるに相違ない」

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p214
   「一つの力は他の力を支配する、然しいかなる力も他の力を形成することはできない。あらゆる素質の中だけに自らを完成する力は含まれる。人に教え人に働きかけようとする人間で、このことを理解している者は極めて少ない」

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p228
   「こういう場合には黙って待っていて、段々に分かって来るようになった方がいいと思う」とヤルノーが返した、「いろいろ口をきき合っていると、一種の当惑だの憤慨だのが出て来るばかりだ」

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p232
   「離れれば離れるほどよろしい」

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p248
   「霊の眼もて眺めたまえ!お身たちの衷(うち)にこそ物生み出す力はあれ、いと美しくいと高きものを、生を星より高くする力は」

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p276
   「この世の中では自分一己の意志を通そうとすることは無駄骨折りです。私がしっかり捕まえていたいと願っていたものを、私は手放さなければならない、然も敢えて当たらない恩恵は私に押し寄せてくるのです」

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***解説***

p302
人間にはさまざまな精神層がある

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p303
人生修行の旅の目的の半ば以上は、人間を知り、人間を動かす内部のものを知ることである

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p313
   「努力している間は人間は迷う」然し「善良な人間は仮令暗黒な衝迫の中にいても、正しい道をちゃんと承知している」(「ファウスト」の中の「天上の序曲」の主の言葉より)

2013/0412