ゲーテとの対話 (中)


旧字・旧仮名遣いは改めました。また、漢字変換の煩雑を避けるために、一部、送り仮名や漢字が原書と異なるものもあります。

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 P016
  「ここに描かれているシラーも、例のとおり、高貴な天性を完全に失わないでいるよ。彼はお茶の席で、ちょうど枢密院にでもいるみたいにじつに立派だ。何ものにも制約されず、あの思想の翼をひきおろすようなものは何一つない。彼の心の中に生きている偉大な見識は、遠慮会釈なくいつでも自由に口をついて出る。これこそ本当の人間だったのだ、みんなもあのようにならなければだめだよ!―――ところがだ、われわれはいつだって何かしら制約を感じている。自分たちを取り巻く人とかものとかに影響を受けている。お茶のスプーンは銀にかぎるというわけで、金のが出たりすると、さっそく気をもむ。こういった次第で、いろいろと気兼ねをしているうちに、いつしか心も麻痺してしまい、われわれの天性に備わっているかもしれない何か偉大なものを自由に表現するまでには至らないのさ。われわれは、外界の事物の奴隷にすぎず、事物がわれわれを委縮させるか、のびのびさせるかに応じて、われわれは、つまらない人間にも見えれば、えらい人間にも見えるのだよ。」


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  P025
  ……… こうしたことが実際起こったのだと認める方が、私は理性的なことだと思う。しかし、それがどうして起こったか、などと思いわずらうことは、無駄な話だよ。そんなことは、解決できない問題にかかずらわって喜んでいて、ほかのこととなるとからきし駄目な連中に、勝手にやらせておけばいいのさ。


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  P030
  「結局」とゲーテはいった、「ウオルター・スコットの場合は、芸術を理解する点が実に偉大なのだ。そのため、われわれのように、何かがどのようにして作られたかという点に特別の注意を向ける者は、彼の作品に二重の興味を持ち、またそこからすばらしい収穫を得るわけだ。
 
================================================================================ P41
 「閣下は」と私はいった、「今しがた、ギリシャ人は個人的な偉大さによって自然と向かいあった、とおっしゃいましたが、けだし名言だと思います。この言葉を肝に銘じておこうと思います。」
 「そうだ、君」とゲーテはいった、「何事も、この点が肝心だからね。ひとかどのものを作るためには、自分もひとかどのものになることが必要だ。ダンテは偉大な人物だと思われている。しかし彼は、数百年の文化を背後に背負っているのだよ。ロスチャイルド家は、富豪だ。けれども、あれだけの財宝は、一代にして築きあげたものではない。こういうことには、どれ一つとっても、人が想像するよりももっと深い根があるものだ。
 
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 P46
 「君、つまり」とゲーテはいった、「あの学派の連中にとっては、思想とか直観とかいうものはまったく問題ではないのさ。彼らは、好き放題に使える言葉さえあれば、それでご満悦というわけさ。私のメフィストーフェレスは、そんなことは先刻承知で、どうしてまんざら悪くもない文句を吐いているよ。
 
 総じて言葉というものを尊重したまえ。
 そうすれば、安全な門を通って、
 確実不易の聖堂に参ずることができるのだ。
 なぜならば、まさに概念の欠けているところに
 言葉がうまく間にあうようにやってくるものなんだ。」

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 P47
 「あの譚詩は長い時間練り上げてから、」とゲーテはいった、「やっと、書き下ろしたものだ。だから、あの中には、長年考えぬいたものが結晶していて、これが今見るようにうまく出来あがるまでには、三度も四度も試作をかさねたのだ。」

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 P52
 「閣下が、バイロンについておっしゃることにはすべて、」と私はいった、「心から共鳴します。しかしながら、あの詩人の才能がいかに重要で偉大だとしても、はたして彼の作品から純粋な人間形成のために決定的な収穫を吸収できるかどうか、じつに疑わしいとおもうのですが。」
 
 「そういう君には反対せざるをえないな。」とゲーテはいった、「バイロンの大胆さ、勇敢さ、雄大さ、それはすべて教訓的ではないか?―――いつも決定的に純粋なもの、倫理的なもの、だけにそれを求めようとするのは警戒しなければいけないよ。およそ偉大なものはすべて、われわれがそれに気付きさえすれば、必ず人間形成に役立つものだ。」

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 P54
 私にとっては、われわれの霊魂不滅の信念は、活動という概念から生まれてくるのだ。なぜなら、私が人生の終焉まで休むことなく活動して、私の精神が現在の生存の形式ではもはやもちこたえられないときには、自然はかならず私に別の生存の形式を与えてくれるはずだからね。
 
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 P60
 善良な人が才能に恵まれると、かならず世の中の救済のために道徳的な影響を及ぼすにちがいないからね芸術家だろうが、自然研究者だろうが、詩人だろうが、あるいはどんな道を進もうが、そのことに変わりはない。
 
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 P62
 「およそ偉大なものや聡明なものは、」と彼はいった、「この世の中に少数しか存在しないのだ。国民にも国王にも反対されながら、自分の偉大な計画を孤立無援で貫徹した大臣たちがいた。理性がポピュラーなものになるとは、とても考えられないことだ。情熱や感情なら、ポピュラーになるかもしれないが、理性は、いつの世になってもすぐれた個々の人間のものでしかないだろうからね。」
 
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 P64
 「私にしても、もし自然科学で苦労しなかったら、あるがままの人間を知らずに終わったにちがいない。ほかのことはどれをとっても、あんなに純粋な直観や思考ができる筈がないし、感覚や悟性の誤謬とか、性格の弱さ強さなどを見つけ出すこともできないよ。つまりすべてのものは、多かれ少なかれ、屈折しており、揺れ動いており、多かれ少なかれ、人の意のままになるものだ。しかし、自然は、けっして冗長というものを理解してくれない。自然は、つねに真実であり、つねにまじめであり、つねに厳しいものだ。自然はつねに正しく、もし過失や誤謬がありとすれば、犯人は人間だ。自然は、生半可な人間を軽蔑し、ただ、力の充実した者、真実で純粋な者だけに服従して、秘密を打ち明ける。」
 
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 P96
 正道を歩もうとしない者は、たちまち正体を見破れれてしまうさ
 
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 P97
 「もちろん」とゲーテはいった、「彼の人格はずばぬけたものだったよ。けれども、大事なことは、人々が彼を指導者と仰いでいれば、自分たちの目的があなえられると確信した点にある。
 〜
 「だれも、自ら進んで他人に仕える者はいないよ。だが、そうすることが結局自分のためになると知れば、だれだって喜んでそうするものさ。ナポレオンは、人間を十二分に知りつくしていた。それで、人間のこの弱点を存分に利用することができたのだね。」

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 P106
 ペスト患者を見舞ったというのは事実だよ。しかもそれは、恐怖を克服できるものなら、ペストだって克服できない筈がないというサンプルを見せてやるためだった。そして、彼のしたことは正しかった!
 〜
 精神の意志力というものがどんな働きをしうるかは、信じがたいものがある。いわば精神の力が身体全体にしみわたって、あらゆる有害な影響をはねかえすような積極的な状態につくりかえてしまうのだ。それにひきかえ、恐怖心というものは、怠惰で衰弱して、ちょっとしたことにもすぐ反応しやすい状態のことだから、こんなときには、われわれはどんな敵にもころっと参ってしまう。このことを、ナポレオンは知りすぎるほど知っていた。自分の軍隊に対して、荘厳な範例を見せてやっても、別段危険を犯すわけではないわけではないことを心得ていたのさ。」
 「けれども、」とゲーテはひどく陽気にふざけながらつづけた、「敬礼!ナポレオンは、陣中の図書の中にいかなる本を持っていたと思う?―――私の『ヴェルテル』だ!」
 〜
 「彼は、それを刑事担当判事が一件書類でも調べるみたいに、研究したのだ。」とゲーテはいった、「私とあの本のことを話した際も、そういった感じだったな。」

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 P127
 「私のように、」とゲーテは答えた、「一生を通じて身分の高い人びととおつきあいをしてきた者には、むずかしいことではない。こうした場合大事なことはただ一つ、あまりに人間的に振舞うようなことは控えて、むしろつねに一種の慣習の中に身を置いておくことだよ。」

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 P130
 人間というものは、若いころの印象をぬぐいさることができないものだ。それが高じると、若いときに慣れ親しんだもの、その環境の中で幸福な時代を送ったものとなると、たとえ欠点があろうと、後々までも、なつかしい大切なものに思えてくるので、それに目を眩まされて、欠点が見えなくなってしまうほどだ。
 
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 P137
 *肉体と霊魂についての話題から*
 彼は、これほど密接に結びついて一体化しているものは、切り離そうにも切離せないことを、よく感づいていた。カントは、今さらいうまでもなく、いちばんわれわれにとって有益だね。つまり彼は人間の精神がどこまで到達できるかを見定めて、解決できない問題には手をつけなかったからさ。
 
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 P158
 しかし、彼はこれほどの事故にあっても、じつに落ち着きはらっていて、『小生はひとつの経験をいたしました。これを無駄にしないつもりです』なんて、ぬけぬけと書いているのさ。こういう男こそ、まさに男一匹、一人前の人間といえよう。愚痴もこぼさず、すぐにまた仕事にとりかかり、いつもじっとしていないところを見ると、じつに楽しくなる。どう思うかね。実に立派じゃないか?」
 
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 P171
 <エッカーマン>
 生物はあらん限りその生存を続けていくが、しかも、それから自分と同じものをえ歌旅生み出す工夫をこらすものだ、
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 すぐれた師にとっても、自分の根本原理と活動をうけついでくれるすぐれた弟子を育てあげること以上に切実な仕事はないのである。
 
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 176
 「人間が一人でいるというのは、よくないことだ、」とゲーテはいった、「ことに一人で仕事をするのはよくない。むしろ何事かをなしとげようと思ったら、他人の協力と刺戟が必要だ。
 
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 P211
 <エッカーマンが旅先で手にした本からの引用、色彩論の擁護として>
 「しかし、それでは言ってくれ、もし人が一つの真理を発見したならば、ほかの人たちにそれを伝えなければならないか?もしそれを知らせたならば、君たちはそれと反対の誤謬によって生活している無数の人たちから迫害を受け、彼らはこの誤謬こそ真理だ、これを破壊せんとするものこそすべて最大の誤謬だ、と断言するであろう。」
 
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 P216
 誤謬は図書館の中にあり、真理は人間の精神の中にある。書物は書物を呼ぶだろうが、単純なものを把握でき、もつれたものをときほぐし、曖昧なものを明らかにする精神は、生ける根本法則に触れることを喜ぶものだ。
 
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 P222
 食後、ゲーテが私の対話録について語りだしたので、嬉しかった。「これは君の一番の労作になるにちがいない」と彼はいった、「だから、すべてが完全な形になり、うまくおさまるまでは、われわれは手放さないようにしよう。」
 
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 P230
 もし私が、まだ若くて十分に大胆であれば、故意にそういうすべての技巧上の思いつきなどにはさからってやるのだが。私はそれがふさわしいと思えば、頭韻法でも、半諧音(
 assonance , vowel rhyme :連続した単語の強勢した音節の同様の母音の反復)でも、
誤韻でも、何でもかでも思いつくままに使ってやろう。だが、主要点には気をくばり、誰もがそれを読んで暗誦したくなるくらい惹きつけられるようなよいものを書くように努力するだろう。」

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 P231
 些細で技巧的なことを問題にするのは非生産的な時代の特徴であり、同じように、そういうことにかかずらわっているのは非生産的な人間の特徴である。
 
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 P232
 新約聖書を読んで、私はゲーテが先日みせてくれたある絵のことを思い出した。それはキリストが海の上をわたり、ペテロがそれを迎えようとして波の上を近づいていき、一瞬発作的に自信を失い、たちまち沈みはじめるというところである。
 「これは最も美しい伝説の一つだ。」とゲーテはいった、「これは、私の何よりも好きなものだね。このなかには、人は信仰と溌剌とした勇気によってどんなに困難なことにでも打ち勝てるが、そのかわり発作的なほんのわずかな疑いでもたちまち破滅してしまうという高遠な教えがあらわれているよ。」

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 P233
 アウエルバッハの穴蔵も、魔女の厨も、ブロッケン山も、国会も、仮装舞踏会も、紙幣も、実験室も、古典的ヴァルプルギスの夜も、またヘーレナなども、みなそれだけで独立した小世界であり、それだけでまとまっており、たとえおたがいに影響しあうことはあっても、おたがいにほとんど関係がないからです。詩人にとって大切なことは、複雑な世界を表現することで、そのために有名な主人公の物語を利用し、それをたんに全篇を貫く通し糸として、好むものを次々と刺し通していくのです。『オデュッセイア』にしても、『ジル・プラス』<ルサージュ(仏)作、スペインの悪者小説を移入した風俗小説『ジル・プラスの物語』>にしても、それには変わりはありません。」
 
 「まったくその通りだ。」とゲーテはいった。「同様にそういう構成に際して大事なことは、ただそれぞれ各々の群は意味を持ってはっきりしているのに、全体としてはいつも同じ標準では測れないところがあるというふうにすることだが、そうすれば解決できずにいる問題と同じように、人々をいくたびとなく繰り返して考えずにはいられないように惹きつけるからね。」
 
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 P234
 「忠告というものは妙なものさ。」とゲーテはいった。「誰にしても、世の中で思慮分別を尽くしたことが失敗し、荒唐無稽なことが成功するということがしばしばあることを、しばらくでもみていたら、忠告しようと思うのをきっとさしひかえるようになるだろう。結局のところ忠告を求める者は目先がきかず、与える者は僭越だということだ。忠告を与えるのなら、自分自身も力をかせることだけに限るべきだよ。誰かが私によい忠告を求めてきたら、忠告してやってもよいが、ただしその忠告通りにしないという約束ならば、と言ってやろう。」
 
 P234
 「海の水を飲み干すようなものだ。」とゲーテはいった、「その点について歴史的・批判的研究をしようなどというのはね。現在存在しているものについてそれ以上のことは言わず、そこから自分の倫理的な向上と強化のために役立つものを身につける方がはるかによいことだ。
 
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 P236
 「誤った原理のため幾世紀も滅び、苦しんだが、われわれ自身もそのために苦しんだのだ。しかも現在ではいかなる謬見でも印刷のおかげですぐにひろまってしまう。そういう美術批評家の一人が、たとえ二、三年後に自分の誤りに気づき、それよりも正しい確信を公表しようとも、彼の誤った説はその間にひろまって、将来ともつる草のように、いつも正しい説にからみついて影響し続けるだろう。ただ私のせめてもの慰めは、ほんとうに偉大な才能のある人は惑わされることもないし、害われることもないということさ。」
 
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 P237
 「美術や文学においては人格がすべてだが、しかし最近の批評家や美術評論家のなかには弱い連中がいて、このことを認めようとせず、文学や美術の作品にはすぐれた人格などはつまらぬ飾り物にすぎないとみなそうとしているね。」
 「しかしむろんのこと、すぐれた人格を感じとり、尊敬するためには自分自身もまた、ひとかどの者でなければいけない。エウリピデス<euripides:三大悲劇詩人、アイスキュロス、ソポクレスの一人>の崇高さを否定した連中は、すべて頭のからっぽなあわれな者だし、そのような崇高さはわからないのだよ。あるいは、僭越にも貧弱な世間を前にして実際の自分よりもよく見せようとし、また事実そう見せることのできた恥知らずな詐欺師どもなのだ。」
 
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 P240
 憎悪は人を傷つけないが、軽蔑は人を破滅させるね。
 
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 P241
 「たしかに世界は、平地にいるときと、前山の頂にいるときと、また原始山脈の氷河の上にいるときでは、ちがって見えるだろう。ある立場にたてば、世界の一角は他の立場におけるよりもよく見えるだろうが、しかしそれだけのことで、ある立場における方が別の立場よりも正しいなどということはできない。そのために作家は、自分の人生のそれぞれの年代に記念碑を遺そうとするならば、生まれつきの素質と善意を手放さないこと、どの年代でも純粋に見、感じること、そして二次的な目的をもたず、考えたとおりまっすぐ忠実に表現すること、それがとくに大切だ。そのようにして彼の書いたものが、それが書かれた年代において正しければ、いつまでたっても正しいものとして通用するだろう。たとえ作者が後日、自分の思いどおりにどのように発展し、変化しようとも。」
 
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 P247
 ふつう誰にしたって、ただ聴いているだけでは、何事もおぼえられるものではなく、どんなことでも自分自身でやろうと努力しないなら、物事は表面的に、半分ほどもわからないものなのだよ。

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 P247〜248
 「とかく人間は、」とゲーテはいった、「自己を天地創造の目的と考え、ほかのいっさいのものはただ事故との関係において、またそれが自己に奉仕し、役に立つときに限って認めようとしがちだ。

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 P248
 「また人間は一般のことについて考えてるとおりに、特殊なことについてもそう思い込んでいるものだ。そして実生活から得た日常の考え方を学問のなかにも持ちこみ、有機体の個々の部分を見るに当っても、それらの目的と効用を問題にせずにはいられないものだ。
 「そのやり方もしばらくは通用するだろうし、学問の分野においてもしばらくはそれで切りぬけられるだろう。だが、すぐにそういうちっぽけな考え方では間にあわなくなり、より高次の支えがなければ、たいへんな矛盾に陥ってしまうというようなことになるだろう。
 「こういう功利主義者はおそらく、牛に角があるのはそれで身を防ぐためであるというだろう。だがそれならば私はこう尋ねようではないか、なぜ羊には角がないのか、たとえあるにしても、なぜ何の役にも立たないように、その耳のところでまがっているのか、と。
 「しかし、牛は角があるから、それで身を防ぐのだというのなら、話は別だよ。
 「目的を尋ねる質問、つまり、”なぜ”という質問はまったく学問的ではない。だが、”どうして”という質問ならば、一歩先に進めることができる。もし、牛はどうして角をもつか、と尋ねるなら、そのことは牛の身体の構造を観察することになり、同時に、なぜ獅子に角がなく、またありえないのかを教えられることになるからだ。


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 P261
 <エッカーマン>
 私たちは永遠の法則にしたがって苦しみ、よろこび、さらにその法則を実施し、またそれも私たちにたいして実施されていくのである。たとえその法則を知ろうと知るまいと。
 子どもは、菓子屋が作ったことも知らずに、菓子を食べ、雀は、どうして熟したかも知らずに桜んぼをついばんでいるではないか。

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 P268
 <エッカーマン>
 たいへんうれしかったのは、なにもよい材料をさがしにわざわざ遠くまで出かける必要はなく、詩人の内部にりっぱな内容さえあれば、どんなつまらない材料からでも、すぐれたものをつくることができると気づいたことである。

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 P270
 「ウオルター・スコットの場合、」と彼はいった、「特徴的な点は、細部描写があまりうまいので、かえってしばしば失敗をまねいているということだよ。『アイヴァンホー』のなかに、人々が、夜、城の広間で食卓についているところへ、見知らぬひとりの男が入ってくるという場面がある。ところで、その外来者の上から下まで風采や服装を描写したのは結構なのだが、足とか、靴とか、靴下までも書きたてているのは失敗だな。夜、食卓にすわっているところへ誰か入ってくれば、目に見えるのはその上半身だけだ。もし足を描写するならば、すぐに昼の光が入りこんできて、場面から夜の雰囲気が失われてしまうよ。」

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 P273
 <エッカーマン>
  われわれには見慣れている無数の奇跡に取りかこまれながら、たった一つでもこれまで知らなかったようなものに出会うと気分がよくないのである。また、昔の奇跡を信じるのはいっこうむずかしいとは思わないが、現在おこあわれている奇跡に一種の現実性をあたえ、それをはっきりした現実とならべて、より高次の現実として敬うということは、もはや人はやらないらしい。あるいはもしそれがあるとしても、教育によって取りのぞかれてしまうらしい。それゆえ、今世紀はますます散文的になり、超自然的なものとの交わり、信仰の減退とともに、文学はおよそ次第に消滅していくことだろう。

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 P276
  「人間というものは、」とゲーテはいった、「自分でできることだけを認め、賞賛するものなのだ。そしてある人たちは、二流程度のもので生計を立てているので、彼らは詭計を弄して、文学の中でたしかに非難に値するものを見つけだし、それを徹底的に非難し、完膚なきまでにこきおろして、とはいえ、それにしたっていずれ多少はよいものをもっているはずなのだが、そうすることで自分たちが賞賛する二流程度のものを、ますます立派に見せようとするのさ。」

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 P278
 あの遊びのようなもので、なるほど、たいていは投げられたさいころできまるわけだが、それでも石を盤の上にうまく置いていくことは、その勝負をする者のあたま如何によるわけだ。」

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 P281
 「ナポレオンの例が、」とゲーテはいった、「とくに、あの英雄の下で成長したフランスの青年たちの間にエゴイズムをひきおこした。そして彼らは、ふたたび偉大な専制君主が自分たちのなかから生まれないかぎりはおさまらないだろうね。彼らは自分たちが望むとおりのものを王として迎えようとしているのだ。ただ残念なことに、ナポレオンのような人物はそうやすやすと生まれてくるものではない。世の中がまた落ちつくまでには、さらに数十万の人が犠牲になりはしないかと案じられるよ。
 「文学的な活動は、ここ数年間まったく問題にされていない、だから今はひたすら、より平和な未来のために、ひそかに、多くのよいものを準備するよりほかに手がないよ。」

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 P284
 「ニーブールは、野蛮な時代がくる、といっていたが、それは正しかった。」とゲーテはいった、「その時代はすでにきている。われわれはもう、そのまっただ中にいるのだ。なぜなら、野蛮であるということは、すぐれたものを認めないということではないか。」

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 P284〜285
 こういう説がとなえられていたな。芸術家は大家と比肩できるようになるには、とくに信心と天分が必要である、というのだよ。こういう説はきわめて阿諛的だったから、みんな大歓迎でとびついたわけだ。なぜなら、信心深くなるにはなにも学ぶ必要はないし、天分ならみなすでに母親からもらっているからさ。凡庸な大衆に大いにもてはやされたいなら、そのうぬぼれ心と怯懦な気持ちに媚びるようなことを言いさえすればよいというわけさ。

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 P285
 きらびやかな部屋や、しゃれた家具とかいったものは、思想ももたず、また、もとうともしない人たちのためのものだよ。

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 P292
 われわれの生涯の事実に価値があるのは、それが真実だからではなく、何らかの意味をもっていたからなのさ。

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 P307
 すぐれた詩人や画家になるためには、天才が必要なのだ。ところが、これは教えるわけにはいかないものだよ。〜

…あらゆる規則を身につけ、あらゆる天分をもっていたとしても、たえず練習をつづけなければ真の画家にはなれない…

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 P309
 …もし人の生涯が伝記作家や辞書編纂者の語っている以上のものをもたないとしたら、そういう人の生涯は取るにたらぬ職業につき、なんの骨折りがいもなかったということになってしまうだろうね。」

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 P312
 「詩人が政治的に活動しようとすれば、ある党派に身をゆだねなければならない。そしてそうなれば、彼はもう詩人ではなくなってしまう。その自由な精神と偏見のない見解には別れをつげ、そのかわりに偏狭さと盲目的な憎悪という帽子を耳まですっぽりかぶらねばならなくなってしまうのさ。
 「詩人は、人間および市民として、その祖国を愛するだろう。しかし、詩的な力と詩的な活動の祖国というものは、善であり、高貴さであり、さらに美であって、特別の州とか特別の国とかにかぎられてはいない。どこにでも見つけしだいにそれを捉えて、描くのだ。その点では、鷲に似ているね。鷲は国々の上空を自由に眺めながら飛びまわり、捉えようとするウサギがプロイセンを走っていようがザクセンを走っていようが、そんなことにはお構いなしだから。

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 P313
 「知ってのように、私は自分のことでなにを書かれてもほとんど気にとめないが、それでも耳には入ってくる。また、私が生涯こんなに苦労したというのに、私のすべての作品がある種の人たちの眼には一べつにも値しないらしいということも、よく知っている。私が政治的な党派に属するのをはねつけていたからだよ。そういう連中に気に入られるには、私もジャコバン・クラブの一員となって、殺戮や流血の話を説いてまわらなければならないだろう。―――だが、もうこれ以上こんなつまらん話はやめるとしよう。ばかなことにかかわりあっていると、こっちまでばかになってしまう。」